2021年7月23日 寄稿
鈴木明子 博士(文学)民俗学・日本文化論 中央大学法学部兼任講師
オリンピックスタジアムの最寄り駅・千駄ヶ谷で、フランス人男性Vincent Fichot氏がハンガーストライキを行っている。東京2020オリンピック開会式のちょうど2週間前、7月10日から始まり、今日で14日目となった。自殺を罪と見なすキリスト教圏の人々は、彼の行動にはとても深刻な意味があると受け止めているのではないだろうか。日本を除く世界のメディアは次々と彼の行動を報じている。
Vincent Fichot氏が自らの命をなげうってまで、世の中に問題提起しているのは、子どもの人権をおざなりにしたまま、日本において頻発している別居・離婚時の親子関係の断絶の問題である。
彼に何が起こっているのか、法律家ではない私が説明するよりも、次の一節を紹介しよう。2009年3月に発行された『日弁連六十年』(278~279頁)における指摘である。
2子の奪取
引用:日弁連創立六〇周年記念行事実行委員会編『日弁連六十年』2009年3月1日
離婚紛争に伴い、親の一方が別居にあたって子を一方的に連れ去ったり、別居している非監護親が子を連れ去ったりするなどの事態がしばしば生ずる。本来、子の監護をめぐる紛争は協議によって解決するか、協議が整わないときは家庭裁判所の手続によって解決すべきものであり、そのような手続を経ないで子を一方的に連れ去るのは違法である。しかし、わが国では、このような違法な連れ去りがあったとしても、現状を重視する実務のもとで、違法行為がまったく問題とされないどころか、違法に連れ去った者が親権者の決定において有利な立場に立つのが一般である。
日本弁護士連合会
当記念誌は、下記の通りネットでも公開されている。
https://www.nichibenren.or.jp/library/ja/publication/books/data/60kinenshi_2_4.pdf
彼の身に起きているのは、この日弁連の指摘と同じ子の連れ去りであり、彼は最愛の子どもたちと引き離されてしまったのである。子どもを愛し、求め続けるほど、日本ではその闇に取り込まれていく。
Vincent Fichot氏の母国フランスでは、「子どもの権利条約」にうたわれているように、両親の別離にあたっても、子どもから親を奪うことはない。
一方、わが国は「子どもの権利条約」の締約国であるにもかかわらず、離婚後の単独親権制度を維持し続けており、親権者となれなかった親は子どもから排除される法制度のまま、古くから「縁切り」と言われてきた文化と仕組みがそのまま残り続けているのである。
Vincent Fichot氏に起きた親子の断絶は、誰の身にも起こりうる。日本の母親たちにも容赦なく降りかかっている。法曹界では周知の事実だからである。彼は決して特殊な事例ではない。
(参照:共同養育支援法全国連絡会母親有志)
http://oyako-law.org/index.php?VincentFichot
彼は言う、「日本人は人権を理解せず、『法の支配』を尊重していない」と。彼は日本の国に求めている、「日本の法律と、国際法と法の支配を尊重する」ことを。
世界は注目している。不都合な真実に目をつぶらないで欲しい。あらためて子どもたちの人権に目を向けて欲しい。日本の、そしてすべて子どもたちの未来のために。